内池直人の  『 ワインを巡るよもやま話 』

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●第3回 「ロゼワインの国際化 プロヴァンス生産家達の抵抗」

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フランスにおけるロゼワインの台頭とプロヴァンス・スタイルの確立
日本市場ではまだ小さなロゼワインですが、フランスでは1990年代から人気が高くなり、21世紀になって白ワインよりロゼワインの消費量が多くなるほど、ロゼワインの人気が高くなっています。特に夏になるとロゼワインが定番といわれるほどよく飲まれます。ロゼの中でもフランスのロゼ市場の7割を超えるのが南仏産、その中心がプロヴァンスのロゼなのです。これからの暑い季節に楽しむべき爽やかなワインとなります。
夏→バカンス→プロヴァンス、というのがとても一般的な考え方で、長い夏休みを誇るフランス人達は、毎年大変な渋滞にもめげずに一斉に太陽と海のある南仏へ繰り出します。そのプロヴァンスのワインといえば、ロゼ。ビーチで冷やしたロゼワインを楽しむのが、典型的な楽しみ方です。そこで、フランスのみならず北ヨーロッパの人たちは、夏の太陽が見えてくると、プロヴァンスをはじめとした南仏のロゼワインに憧れをもつようになるのです。
このロゼブームの中心に位置するプロヴァンス・ロゼは「繊細で軽快な淡い色合いの辛口」というスタイル。1970年代頃は薄甘口のロゼ・ダンジュやマテウス・ロゼが世界的に流行した関係で今でも日本でロゼのイメージとして薄甘口、という消費者も多いですが、世界的には「辛口で淡い色合いのプロヴァンス・スタイル」が標準になりつつあり、今までより濃いめのスタイルや薄甘口のロゼを造っていた生産者も淡い辛口のプロヴァンス・スタイルに切り替わりつつあります。
「ロゼ法案」を巡るEUの動きとプロヴァンス生産者の抵抗
ところで、2009年6月にベルギーで開催されたEU欧州委員会では、この南仏のロゼ生産者達にとって、生涯忘れられないであろう大切な決定が下されました。「赤ワインと白ワインを混ぜてロゼワインを造る手法を認める法案」が否決されたのです。(つまり出来上がった赤ワインに白ワインを混ぜてロゼを造ることが明確に禁止されました)。
わかりにくいと思いますが、フランスを始めとしたヨーロッパでは、伝統的にロゼワインは赤と白の中間ではなく、「赤ワインを軽く仕上げたもの」という認識でつくられています。使用されるのは、赤ワインと同じ黒ぶどう(もしくはグリと呼ばれるピンク果皮のもの)。これを圧搾後に果皮ごと浸漬させて、短時間(6時間〜24時間程度)でうっすらと色づいた時点で果皮を取り除き発酵を続ける、という作業を行います。(シャンパーニュ等の発泡性ワインを除いて)こういった作業については、ワイン法で定められているのです。 そのために、赤ワインと白ワインを混ぜてロゼを造る行為は、ヨーロッパにおいて長い間禁止されています。
がぶ飲みの安物ワインとして認識されがちなロゼワインですが、上質なものをきっちりと造るには、浸漬時間の見極めと、その後の衛生管理など繊細な注意が必要とされます。赤白ワイン以上に生産者の工夫と技量で様々なバリエーションが可能で、なかでも軽快で繊細かつチェリーのようなニュアンスを持つフレッシュな上質ロゼは、近年とても人気が高くなっています。醸造や物流・保管管理の技術的高まりと、消費者の高級志向(美味しいワインを少しずつ)によって、最近はより一層洗練されたものとなりました。オリーブ・オイルを用いた軽く新鮮な料理(ヌーヴェル・キュイジーヌ)や和食、中華料理との優れたマッチングにおいて、実は上質ロゼワインの地位は高まっているのです。 南仏だけではなく、最近はボルドーやブルゴーニュといった赤白の伝統的銘醸地でも、高品質なロゼを造る動きが高まっています。
このような高品質ロゼが広まる潮流の中ですが、それと同時にヨーロッパにおいても、近年徐々に安価なロゼが新世界から輸入されることへの危機感が高まっています。またヨーロッパのワインを日本や中国など域外に輸出する時には、新世界のワインと競合することになります。 その対抗の一環として、「赤ワインと白ワインを混ぜてロゼワインを造る手法を認める法案」が起草されたのです。そもそも欧州委員会としては、製造方法について法的制限のない中南米やオーストラリアなどで造られる安価なロゼの多くが、赤ワインと白ワインをブレンドして造られているために、対抗措置として、短時間低コストで安易にできる赤ワインと白ワインのブレンドを認可しようという、グローバリゼーションを前提とした、欧州ワイン産業全体の競争力を高めるための法案だったのです。根本的理念は、「地域外の競争相手と同等の地位を保証する」というものです。世界貿易機関(WTO)もこの法案を暗黙裏に支持していることもあり、2009年4月のEU委員会で正式に承認して欧州域内の生産者にゴーサインを出す予定でした。
ところがこの法案のアイディアが発表されると、いち早く大反対ののろしを上げたのは、ロゼの大生産地であるプロヴァンスの生産家達でした。彼等の主張は、「グローバリゼーションの理念よりも伝統文化を」というものです。先祖代々続けてきた、時間とコストのかかる伝統技法が否定されることへの反対でした。黒ぶどうを浸漬させて造るロゼこそが本物のロゼであり、赤ワインと白ワイン(しかも現実的に予想されるのは、余剰してしまった安物低品質ワイン)を混ぜたものでは、両方の個性が消された無味乾燥なアルコール飲料でしかなく、ブレンドされたロゼワインは、飲み手に価値を語りかけてこない」という主張です。国内同業者から低価格のロゼが製造販売されることへの抵抗という打算もあったこととは思いますが、欧州委員会に反対して伝統と品質を貫こうという姿勢は、ワイン愛好者の立場からも賞賛されました。
この反対運動は、プロヴァンスの生産家が中心となり、インターネット上での署名も展開されました。 「Couper n'est pas Rose.com」が立ち上げられ、ロゼのブレンド禁止を訴え、誓願のための署名を集め、約40,000名が署名をしたのです(仏、英、独、伊、オランダ語で展開)。 この動きに、フランス全体はもとより、イタリア、スペイン、スイスの生産者や農務大臣達も同調し、欧州委員会の法案に反対を表明するようになりました。
「ロゼ法案」否決が示す、伝統と品質の重要性
グローバリゼーションと伝統の間で大きな波紋を呼んだこの「ロゼ法案」は、当初2009年4月に可決承認される予定でしたが、審議が長くなり、ついに6月8日に否認される事で幕を下ろしました。工業化された大量生産の理念に対し、伝統と品質を重んじる思想が勝利したのです。ヨーロッパのワインは、高価格品のみならず、一般的な価格のものであっても、土地と気候と生産者の努力と共に、長い歴史と伝統が息づいているものが多いので、これと工業的大量生産品を一緒に扱ってしまって、伝統と歴史を感じさせる少量生産品が駆逐されてしまうようなことは避けなければなりません。今回のこのような考え方は、日本のこれからの農業振興を考える時にも通じるものがあるのではないでしょうか。
ヨーロッパでは、これからも伝統的な手法を貫いた、高品質なロゼが造り続けられる事になりました。今後暑さが増していく日本でも、焼き鳥や町中華との相性が良いお値ごろで高品質な淡麗辛口ロゼの再認識が進んでいくことを期待しています。
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2025/6/13 内池直人 筆